★いちごいちえ★

いちごともっか。

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先月、広島県愛護センターに見学に行きました。
レポートを書いたのを、所長さんに掲載許可を頂いたので、載せます。


愛護センターに行ってきました。

別件で行ったんだけど、中も見学させてもらいました。

「ショックを受けますよ」と言われました。
私は、「ショックを受けなきゃいけないと思うんです」と言いました。

ショックは、受けませんでした。
26日に見た、パークの光景のほうが何倍もショックだった。
ぱーくの犬達には、これから希望が待ってる。
センターの子には希望は針の穴ほど。
分かってるけど、ぱーくの方がひどいと思った。


けど、静かに、じわじわと、ゆっくり、私の中に入ってきて、そして時間が経つほど鮮明に浮かぶ、あの目。

200611061733000.jpg

彼らは生きている。
生きているけれど。。。。
諦めているの?

200611061734000.jpg


1匹が、私をじっと見た。

目に光が無い。
顔に表情が無い。

こんな例えしか思い浮かばなかったんだけど、化粧で例えると、「目にマット感がある」そんな感じ。
水彩絵の具で黒を塗っただけみたいな目。
なにか、目と私の間に、すりガラスがあるような。。。

動物は、テレパシーで話すと言う。
だとしたら、さっきまで隣の犬舎に居た仲間が、今どうなってるか、どんなに苦しんでるか、分かってるんじゃないかと思った。
見えなくても、感じてるんじゃないかと思った。

だって、おかしいじゃん。
普通あれだけ犬が集まって、広い柵に入ったら、犬同士遊んだりするんじゃないの?
はしゃいでる犬は、1匹も居なかった。
絶対分かってるんだ。
彼らは、何も分からず死んで行くんじゃないよ。
自分に迫ってる現実と向き合いながら、心のどこかで飼い主を待ちわびながら過ごしてるはずだよ。

小刻みに震えている子も居た。
「いい子だね~」って何度か言ったら、何匹か振り向いた。
けど、自分が発した言葉が、すごく薄っぺらく感じた。

200611061736000.jpg

↑この子は、誰かを噛んだ子。

見学してる最中、「感情」って物がなにも浮かばなかった。
見学しながら自分が何を考えてるのか、よく分からなかった。
書いてることは、センターを出てから頭の中でまとめたこと。
見学中、自分はずっと震えてた気がする。
この写真が、彼らの最後の写真撮影になるんだ、とは思った。

彼らは、同情も哀れみも求めてはいない。
私が見学しながらうろたえたって、もし泣いたとしたって、人間代表で謝ったとしたって、そんなのは必要ない。
「ずっと大事にするよ、一緒に帰ろう」って言葉と愛だけ求めてるんじゃないかと思う。




所長さんについていって、立ち止まった所。
私のすぐ右に、処分される箱があった。
天井に、ガスが出る装置があった。

自分が今たっている場所は、犬や猫が最期に通る道。

写真を撮ろうかと思ったけど、勇気が出なかった。
ただ、怖かった。

「この中で、15分後生き残った子が居たらどうするんですか?」って聞いたら、「小さい子は生き残りやすいから、別に分けるんです」と言われていて、小さい子用の箱を見せてくださった。

中をあけたら「にゃぁ」って声がした気がして、のぞいたら、手のひらに十分乗るサイズの子猫。
白くて、背中に水玉模様がある子猫が入っていました。

成猫も沢山いました。
捨てないで欲しい。
増やさないで欲しいよ。

ケージに子犬も入ってました。
ほとんどが白い子犬で、これもまた手のひらに乗るくらいの子犬が居た。
小さく垂れた耳や、ちょっと困ったような戸惑った瞳がいちごの子犬時代に似ていて、一瞬で情がわいた。
200611061738000.jpg

↑小さすぎて譲渡対象にならない子達。

その子達は、小さすぎて譲渡対象にならないんだよ。
まだ、乳飲み子で、飼い主に見放されたら生きていけない月齢。
200611061735000.jpg


↑ここは、譲渡対象になるこの部屋。
生後2ヶ月位からの子が、譲渡対象になるそうです。

犬を譲渡してもらうには、1時間ほどの譲渡講習に参加してもらいます。
毎週水曜日・第三日曜日、午前10時から受けつけ、10:30から開始です。
時間厳守です。
第三日曜日は、9月は教室お休みです。


何度も何度も飲み込んだ言葉「連れて帰ります」

私は、保護活動してるなら「一度は見なきゃいけない場所だ」と思ったけど、一度じゃだめな気がした。
ショックは受けてないと言ったけど、ぱーくで受けたショックとは違う形で、潮が満ちるようにじわじわと何かが私を苦しくする。
柵と目だけを何度も思い出す。

帰ってから、「職員さんは毎日こんな思いしてるんだ。」って思った。
どんなに情がわいても、愛おしいと思っても、その日が来たら「処分」しないといけないんだ。
センターに連れ込んだ人間の代わりに、あのボタンを押さないといけないんだ。
あのボタンを押す仕事、どんなに辛い仕事だろう。
心を殺さなきゃ出来ない仕事。

センターの職員さんは、よく「犬殺し」といわれるそうです。
彼らを「犬殺し」と呼んだ人たちは、何を見てるの?
ほんとは誰が殺してるの?
持ち込んだ人じゃないの?
「犬殺し」と呼ばれるべきはほんとは誰?


所長さんに、センターにペットを持ち込む飼い主の理由を聞いて、びっくりした。

・沢山餌を食べるから。
・子供を生んで初めてメスだと知ったから。
・5歳くらいの犬を連れてきて、「もう歳を取ったから」 帰りに子犬の犬舎を見て「次はこの子を飼おうか」と言う。
みんな、普通の顔して連れてくるって。

所長さんは、笑顔の下で、すごく怒っているように見えた。
飼い主に向いてない人には子犬を譲渡しないそう。
譲渡を断って、むなぐらつかまれたこともあるそう。
けど、持ち込む人には、自分達には少し嫌味を言う程度しか出来ないって言ってた。
引取りを断れない、それが仕事だからって言ってた。

悪い業者や飼い主側に、有利すぎる。
命に関わる法律。

ちょっと前に「もったいない」って言葉の重要性を見直すってTVをみた。
最近になって、犬・猫にも当てはまると思った。
命が無駄使いされてるよ。
ペットを使い捨てにしないでほしい。
せっかく生まれてきたのに、その人には必要ない命だった。
だったら、最初から産ませないでほしい。
自分に、何かを責任持って最後まで養う能力が無いなら、飼わないでほしい。
これって、そんなに難しい事ですか?

けどこれは難しいかどうかの問題じゃない。
この事に無関心な人があまりに多いのが問題なんだと思う。
沢山の人に考えて欲しいよ。
どうにかしたいと思って欲しいよ。

今は、人間すらしょうもない理由で殺されてしまう時代。
犬を。。。猫を。。。って必死で言っても笑う人も居るかもしれない。
けど、親が子供を、子供が親をって事件が珍しくなくなってしまったのは、ペットの命を平気で使い捨てする、そんな事が許されている事にも原因があるのかもしれない。
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